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★裏方に訊く 2009年9月 【全3回 其の1】
2009年2月、東京神田神保町にオープンした『らくごカフェ』。文字通り昼はカフェであり夜は落語や講談などが催される会場である。今回はその『らくごカフェ』代表・青木伸広さんにお話を伺いました。 落語は高座(こうざ)と呼ばれる正四角形の台に座布団を敷いて座り、物語の登場人物とナレーションを一人で語って演じる話藝。高座がなく座布団だけの場合もあるが、舞台に上がることを高座に上がると言う。
『らくごカフェ』代表・青木伸広
小学校高学年の時には 『らくごカフェ』というものを開いてしまうとなると、よっぽど落語好きということなんでしょうか? 青木「そうですね、もともと大の落語好きですね」 いつぐらいから聞かれていたのでしょう? 青木「双子の妹がいまして、子供の頃私はわりと放っておかれてたんですね。夜寝るときも親が落語のカセットを聞かせると大人しく寝たという感じで、睡眠学習じゃないですけど幼稚園に入る頃にはもう落語が好きな子供でしたね。落語の何が面白いとかわかってなかったですけどリズムが好きでした」 ということは親御さんも落語好きだったということですね。 青木「父親が東京の大学で教師を目指していた頃、生まれが宮城だったんですけど訛りが強くて先生は難しいって言われて、それがきっかけで落語や講談を熱心に聞き始めて好きになったみたいです。 でも小学生が寄席で一人で観てるっていうのは珍しいですよね。 青木「そうですね。高学年になったら一人で通ってましたしね。ですから落語家さんに高座からよくいじられました。そんなに熱心に聞いていて落語家になっちゃだめだよ、とか(笑)」 落語ブームとされる今でも流石に小学生が一人で来てるのを見たことがない。 青木「そして高校で落研に入ったんですけど衝撃的でしたね、こんなに落語に詳しい奴が他にもいるんだ〜って。だから楽しかったですよ、同世代と落語の話しなんてしたことなかったですから」 それは1985年頃の話。その当時は落語界自体はどんな様子でした? 青木「最悪じゃないすかね。凄い売れてる人とはいましたけど寄席でお客の数が一桁って言うのはザラでしたから。開演直後に僕一人なんてことは当たり前だったりしましたよ」 世間はそういう時期でも高校で落研があることに驚く。ではその活動内容とは。 青木「色んな学校に落研があって、それが同盟を組んでたんですよ。それであちこちの会場で勉強会みたいなものを開いてました。会場の人がおもしろがって安く貸してくれたりしたんですよ。 高校生にギャラを払って落語会を開く企業あったというのは、まさにバブル期の話し(笑)。 青木「高校生落語のコンペディションっていうのもあって、ただ1位を決めるようなものじゃなくて、勝ち残ってプロの落語家さんに総評して貰うっていうものだったんですよ。 血気高感な高校生達には藝の厳しさを説いたところで伝わらなかったのか。 青木「その次の年もその会は開かれて、今度また説教されるような感じになったら文句言ってやれ、とかそういうイケイケの雰囲気になってたんですよ。世間知らずの高校生の生意気盛りですから。 イケイケの落語少年達を、気迫の高座で圧倒した二ツ目さん。誰なんでしょう? 青木「それでその後その二ツ目さんが食事に誘ってくれて、色々話しも聞かせて貰ったんですね。当時の落語は冬の時代ですからとにかく落語をやれる場所が欲しいって。とにかく自分で小さくてもいいから会を開かないと演じる場所がない。だからお前達俺の会に来てくれ、学生のウチはタダでいいから聞いて忌憚の無い意見を聞かせてくれって。 生意気な高校生達に忌憚ない意見を聞かせてくれ、お代はいらねえ、と言っていた粋な落語家さん、おわかりですね立川志の輔(たてかわしのすけ)師匠です。 青木「で、志の輔さんの会に手伝いで来ていた前座さんがいるんですよ。頭坊主で目つきが悪くて生意気で、でも落語やらせると巧い巧い!」 落語通の方はこの頭坊主で目つきが悪くて生意気な前座が誰か、すぐおわかりかもしれませんが(笑)、立川談春(たてかわだんしゅん)師匠でございます。 青木「その二人を見ていてあまりにもレベルが高いのでプロの落語家になろうというのは諦めましたね。相手が悪すぎました(笑)。おかげで僕たちのまわりの人間は一人もプロになりませんでしたもん」 そりゃ相手が悪い(笑)。今の落語界を牽引するようなお二人ですから。
今までの落語会では
青木「いやそういうのはなかったですね。その頃は落語からは遠ざかってましたし。 落語から離れていたのに落語家志望の人間と知り合ってしまう、何か落語から離れられない運命的なモノを背負ってしまってるようです。 青木「入門する彼に、前座のウチは友達つき合いや祝儀不祝儀のつき合いなんて言ってられる立場じゃなくなるんだから一切つき合いは絶つ。その代わり二ツ目になったら落語会を開く協力はしてやるって言って、二ツ目になるまでの4年間一切連絡しませんでしたし、してきませんでした。落語家になるってのはそのくらい厳しいもんだって僕は思ってましたから。それで何とか二ツ目になった時に彼の落語会を開く手伝いを始めたんです」 いよいよ裏方家業に手を出してしまったんですね(笑)。その頃は落語を聞いていたんですか? 青木「それを機会にまたちょっと寄席に行き始めたんですよ。そしたら僕らが学生の時に聞いてたより遙かに若手が巧い巧い。びっくりしましたよ。 『タイガー&ドラゴン』とは、2005年にTBSで放送されたテレビドマ。ヤクザが落語家に入門するという破天荒なストーリー。主演は長瀬智也・岡田准一。脚本は宮藤官九郎。平均視聴率12.8%。『第43回ギャラクシー賞』テレビ部門・ギャラクシー大賞受賞。落語ブームの火付け役と言われ、日本テレビの『笑点』の視聴率も上がったという。DVD発売&レンタル中。 青木「ドラマの影響もあったかもしれないですけど、今までの落語会では見ないタイプのお客さんとかも多くて、これは落語が暖まってきてるのかな〜って思いましたよ」 その頃から落語入門的な本がこの頃随分出版され、雑誌の特集で取り上げられる事も多く、興味を持ちやすい環境だったことも確かです。 青木「そんな風な感じで落語会を手がけるようになったり、たまたま知り合いの知り合いが落語家になっていて、それは柳家三之助(やなぎやさんのすけ)さんなんですが、仲良くさせてもらったりするようになったんです。ライターの仕事でも落語に関するモノを手がけるようになってたりしてました。 確かに基本的に落語家さんはフリーランスですから、事務処理も雑務も全部自分でやるなり手配しなければならない、身一つで公演が出来るのはとても助かるはず。 青木「そしてお客さんとも知り合って色々話してみると、落語の本は本屋、CDはCD屋、チラシは寄席や落語会で貰うけど、全部まとまってファン同士が集まったり出来る場が欲しいって言うんですよね。落語に興味を持った人が集まれるアンテナショップみないな」 そういう思いは青木さんの中にもあったんですか? 青木「僕は子供の頃から落語を聞いてましたけど、高校で落研に入って初めて落語のことを話せる人に会ってすごい楽しかったですから、そういう気持ちはよくわかるんです。 いよいよ『らくごカフェ』の姿がおぼろげに見えてきました。そのオープンにあたって色んな人の縁や協力が結集します。次回もお楽しみに!
撮影・スズキマサミ 「らくごカフェ」にて
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