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★演者に訊く 2010年12月 【全3回 其の1】
藝能往來の再開であります。以前と変わらぬ、いえそれ以上のご贔屓をお願い致します。
柳下美恵(やなしたみえ) ・柳下美恵 Web Site「Mie's Sound of Silent Movie」
●英才教育・箱入り娘時代
柳下さんはサイレント映画ピアニストです。 そもそも映画とピアノ、どちらが先に興味を持ったのでしょう? 柳下「勉強したのはピアノです、3歳から。家の母が英才教育で、入れたかった先生が人気があって付けなくて、先に理論をやらされて」 演奏の勉強をする前から、理論をやった? 柳下「3歳だからよく覚えてないんだけど(笑)。母はその先生に3歳から入れたかったんだけど、先生に習い始めたのは5歳からです。ただ母がピアノの先生だったので小っちゃい時から触ってたと思います」 ピアノはお母さんの意向で始めた? 柳下「ピアノを習わせるのが凄くブームだったんですね。しかも母がピアノをやりたかったんですけど、もう遅くって声楽の方に行ったんです。だから、どうしても子供に自分の夢を託して、ピアニストにさせたい!っていう凄い重い夢を背負わされて育ちました(笑)」 そこから小・中・高校とピアノを習ったんですか? 柳下「出身が名古屋なんですけど、名古屋って芸事が物凄く盛んで、公立の高校に二つも音楽科があるんですよ。県立と市立があって、私が習った先生は市立の先生だったんですよ。最初から高校の先生に習ってたから、その先生のいる学校に行くことが決まってたんですよ」 小学校に入る前に高校が決まってしまうんですね、英才教育っていうのは。 柳下「私はその時は、もう落ちこぼれてたの(笑)」 考えてみれば英才教育を受けて、そのまますんなり行った人がサイレント映画ピアニストになる訳もない。してみると落ちこぼれるのも悪くない。 柳下「小学生位はその先生の生徒の中で凄い良かったの。選抜に出させて貰ってて、有望って言われてて、中学になって努力するっていう時に努力しなかった。『努力も才能の内ね』って言われて(笑)。 一般的な意味での努力が苦手だった。 柳下「好きじゃない練習を頑張ってやってたんだけど、好きじゃないんでテレビを良く観てたんですよ。その頃のドラマっていい監督が撮っていた物が多くて深作欣二さんだったり、神代辰巳さんだったりでテレビドラマとしてはグレードが高かったんですね。 『傷だらけの天使』は他にも恩地日出夫、工藤栄一などが監督として参加。過激なシーンが多く、放送当時は有害番組と言われた。 柳下「映画は観てないんだけれど、テレビでそういう体験はしてた」 学生時代は映画には触れていない? 柳下「ほとんど行ってないですね。高校時代までだと10本いかないと思います」
●大学、そしてスタジオ200 柳下「東京に来て、本当に開放されて(笑)。実家では門限が厳しかったけど、こっちでは何時に帰っても分かりゃしないし」 そこで映画も観るようになった? 柳下「映画だけじゃなくて、全て観てたんです。特にその時は演劇を観てて、小劇場ブームだったのね。東京乾電池とか、東京ヴォードヴィルショー。あと第三エロチカとか第三舞台とか、唐さんの所(状況劇場)はずっと観てたし、龍昇企画が好きでしたね。凄い好きだったのは遊◎機械/全自動シアターでした」 演劇史に名を残すような劇団を浴びるように観ていた柳下さん。しかし卒業の日は近づいてくる。 柳下「何とか落第せずに。東京に居たかったから、東京で就職したかったんです。でも音大っていう肩書きは高卒扱いなんですね。だから割と良い時代だったのに、軒並み落ちちゃって……。 スタジオ200とは、西武百貨店池袋店8階にあった空間で、様々なパフォーマンスに対応したミニシアターやフリースペースのはしりのような場所。 柳下「そこが本当に良かったと思ってるんだけど、色んな事をやっていて、音楽では武満徹さんも来てたし、落語もやってたし、美術のパフォーマンスって言われるものもやり始めた所。ダンスでは勅使河原三郎さんが日本でのデビューをして、漫画家の手塚治虫さん、舞踏は土方巽さんと大野一雄が来て、活弁では松田春翠先生が語っていて……。 世界が拓けた。 柳下「それは私が求めていた物だったんです、実は。というのも私はピアノしかやっていなかったので、色々観たかったんですよ。演劇は演劇で面白かったんだけれど、もっと色んな世界があるっていう文化として見たかった。自分の中で文化が一気に!来ている人達も刺激的だし。 演劇をずっと観ていて、演じる側に回りたいと思ったりはしなかったんですか? 柳下「願望はあったかもしれないけど、女優は遠い事っていう感じがして。それよりは自分で企画するとか、見たいっていう願望が強くて、あくまでもその時はスタッフとして、そこで探させてって感じでした」 探す、とは? 柳下「自分が何をやりたいのか、っていうのを探してたんです」 表現する欲求はあった? 柳下「演者になるか、スタッフになるか分からないけれど、文化に関わっている事はしたいって漠然と。その中で私が好きなものは何かなって思ったら、映画かなって。 職場で新旧の映画に触れて、惹かれていった。 柳下「韓国映画祭を担当したんです。アン・ソンギのアテンドとかをやらせてもらって、後で年賀状貰って『わーい』とか(笑)」 アン・ソンギとは韓国では国民俳優と呼ばれる俳優。 柳下「7年間だったかな。ただそれは、スタジオ200が潰れるまで居たんですよ」 では職場が無くなって、いよいよ映画の世界へ? 柳下「最後の年位に結婚したんですよ。そこに保険はあったんです(笑)。それで、どうしよう?って言ったら、連れ合いも理解があったので『好きな事やれば』って言われて。 そこに、サイレント映画があった。 ついに柳下さんは現在の職業への第一歩を踏み出すのが、アプローチの仕方が振るっているのです。
※ 次回12月15日(水)更新
■■■■■■■■■■■■ 柳下美恵 公演情報 ■■■■■■■■■■■■
12月11日(土)17時start 【出演】柳下美恵(ピアノ) 【上映作品】『第七天国』(原題・The Seventh Heaven) 詳細は http://crater.jp/event/cafe/ にて 上映会場の本郷中央教会さんには、今回のインタビューでもご協力を頂きました。 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 小津安二郎の世界
2010年11月20日(土)〜12月29日(水) 現存する全劇映画36作品を連続上映! 詳細は神保町シアター tel.03-5281-5132
撮影・スズキマサミ 撮影協力・本郷中央教会
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