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★演者に訊く 2009年6月 【全3回 其の1】
相も変わらずの不景気です。というか不景気という事になっております。ですが現在31歳の私が高校生だった頃、すでにバブルは弾けておりましたから、私にとって不景気とは当然の事なのです。そしてここでインタビューをしている皆さんも藝能活動の大半を不景気の中で過ごしていて、それでいながら皆明るいのです。かくもタクマシキ藝能者達、嬉しいじゃ御座いませんか。
ちばけいすけ
のっけから私事で恐縮なのですが、筆者である片岡は就職活動をした事がありません。なので会社で働く為には何をすれば良いのか分りません。 ちば「もともと、似顔絵に小学校の事から凄く興味があって、趣味で似顔絵の本を見てたりしたんですよ。でも似顔絵を仕事にするっていう気はほとんど無くて、普通にサラリーマンでコンピューターのソフト開発をやってまして。40過ぎた位から肉体的に限界を悟り始めまして(笑)」 チト意外な前歴。つまりアラフォーからの転身だったという訳。 ちば「これは50になって出来る商売じゃないな、と。元気のあるうちに別の仕事探そうかなと思って。他に仕事に出来そうなものって言うと似顔絵ぐらいしかないなって思って」 文字だとネガティブに見えるかもしれない。でも、ちばさん控えめなだけなのです。 ちば「似顔絵関係のサイトなんかを見てたんで、似顔絵を書く人をショッピングセンターとか遊園地に派遣する会社があるってのは知ってたんで、そこに電話して『似顔絵描く仕事がしたいんですけど』って言って。そこに所属する事が決まりました」 それが現在所属している星の子プロダクションなのだそうです。プロになるには行動あるのみ、ということ。 ちば「週刊サンケイという雑誌がありまして、今のSPA!の前身ですよね。それが1970年前後ですか、和田誠さんが毎週、時の人を似顔絵を表紙で描いてたんですよ」 ちば「写真と全然違うんだけど、その人にそっくりで、写真よりもむしろその人らしい。似顔絵ってのは不思議なもんだなっていうのが頭に残ってたんです。でもその時は自分には描けないと思って…。特殊な能力を持った人のみが出来るもんだと思ったんです」 絵心の無い私から言わせれば、絵が描けるというだけで特殊能力なのですけれど。
ちば「中学に入って、地元の図書館に和田誠さんの画集があったんですよ。それを見て、とりあえず模写してみようと。それを描いている内にちょっと描けそうな気がして、同級生とか先生とかの似顔絵をこっそり描いて」 評判はどうだったのでしょう? ちば「絶対見せなかった。恥ずかしいから(笑)」 勝手にモデルにした? ちば「勝手にモデルにして、勝手に描いて、似てるとか似てないとか(笑)」 読んでる方、あなたも誰かに描かれているかもしれない。ウカツな顔はできませんぞ。 ちば「高校に入った頃、弟が明星という雑誌を講読してまして。投稿欄に似顔絵コーナーというのがあったんですね。なぜかそこがメチャメチャにレベルが高かったんです」 明星とは現在「Myojo」として発行されている老舗アイドル雑誌です。侮りがたしアイドル誌。
ちば「明星を見ながら色んな人を適当に描いてたら、たまたま上手く描けたのがあったんで、投稿したら最初の投稿が載っちゃたんです。そっから雑誌の投稿というのにハマりまして、そのあとずっと」 どんな雑誌に投稿されていたんですか? ちば「明星もやってましたし、大学の時に週刊朝日で『山藤章二の似顔絵』が始まりまして、一時期は毎週投稿してましたね」 投稿して、掲載率はどれくらい? ちば「似顔絵塾の時は一割位ですかね。10個だして1個載る。掲載率はそんなに悪い方じゃなかったと思うんですよね」 もちろん、この頃はアマチュア。けれどプロのような事をした時期もあったようで。 ちば「大学で漫画研究会というサークルに入ったんですね。でも漫画はほとんど描いていませんでした。ただ学園祭の時にお金を取って似顔絵を描くという事をやってたんです。それに異常にハマりまして、毎年それだけはキッチリ参加して、卒業してからも勝手に押しかけて描いてたんで(笑)」 勝手に来ちゃう先輩、どこのサークルにも居るんだ、と感心したりしなかったり。 ちば「だからサラリーマン辞めて、似顔絵の仕事する時も、ある程度は出来るだろうという若干自信みたいのはあったんですね。逆に、ついにこれを仕事にしてしまったか、という思いも…」 趣味は仕事にするな、とは学生時代に私も言われた言葉です。しかしちばさんは仕事にしてしましました。 それから、ちばさんに似顔絵を描いて貰いたいという方は、お気軽に星の子プロダクションにお問合せ下さい。 |
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