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★演者に訊く 2009年4月 【全3回 其の1】
世間はオバマ大統領に浮かされてチェンジしたがっているようですが、変わると、変わらない、の間で揺れ動いているのが本連載で紹介する藝能達でアリマス。この振り幅が面白いのです。藝能往來の往來にはそんな意味も含まれているのです。さっき気付きました。そして今決めました。今後ともご贔屓にどうぞ。
川嶋信子
正直馴染みの薄い琵琶という楽器、そして琵琶という藝能、琵琶とはどんなものなのでろうか? 川嶋「日本の、楽器(笑)」 びっくらこく位素直なお答え…。それは流石に誰でも知ってると思いますが。 川嶋「いや、分かんない人が居たの。琵琶は千年以上前ですからね、日本に伝来してきたのは。最初は雅楽であったりとか、その雅楽の琵琶が発展して盲僧琵琶というお坊さんが弾じた琵琶になって、それがだんだん発展して平家物語を語るためだけの物が出来たり、薩摩琵琶は薩摩の武士が始めたり、明治に生まれた筑前琵琶は三味線と琵琶の良い所を合体させようみたいな。そういう風に時代を経て変化してきた物ですね。でも全て語り物、言葉ありきの芸ですね」 楽器でありながら、語りを前提としているという訳。日本人は千年もの昔から言葉大好き民族だったらしい。 しかしながら何故、琵琶だったのか。琵琶とはどうして出会ったのか。 川嶋「よくありがちで、女優になりたくて東京に出てきた(笑)。大学の時ですよね。親は東京なんかに出したらお金がかかるから(高校のとき暮らしていた)大阪でいいだろう、と。でも私ど〜しても東京に出たかったんですよ。で、桐朋は2年だったんですよ。それなら許してやると。でも桐朋に合格しなかったら諦めて大阪の大学に行きなさいって言われて…。受けたら合格っちゃったんです」 桐朋(2年制)なら良いといった手前東京行きを許さざるを得なかったご両親。しかしまさか女優志望の娘が東京で琵琶奏者になろうとは夢にも思わなかったに違いないのだ。 川嶋「それで、まぁ桐朋に行って、夢がガラガラドシャドシャと崩れていき…(笑)」 いきなり? 川嶋「学校じゃないですか。同じ年齢の人が一杯いる訳ですよ。で、お芝居って色んな年齢の役が出てきます。老け役、子役、主役っていうのが大体決まってくるじゃないですか、同じ年齢なのに。それで、決して自分は主役じゃないんですね」 それはどうして? 川嶋「簡単に言うと、そういうタイプじゃなかったんですね(笑)」 高倍率を潜り抜け桐朋学園大学に入学したのだから女優になれると思った川嶋さんは生臭い現実を突きつけられたのだ、嗚呼。 川嶋「ん?おかしいぞ、と(笑)。でも続けていくしかないと思っていたんですね。で、当時は桐朋を出たら新劇の養成所っていのうがまだまだあったんですね。それで俳優座って授業料がタダなんですね」 ここで注釈。俳優座というのは新劇の大変に有名な劇団。桐朋との結びつきは強く、養成所の入試に一般枠とは別の桐朋枠があったそうな。 川嶋「タダだ!と受けたんですけど、ダメで〜。それでどこ行こうかなと思ったときに、皆が行ったところに行きたくないんですよ!ひねくれ者なんで。片岡さん(筆者)にも同じ臭いを感じるんですけど」 川嶋「桐朋から(劇団)昴に行った人を見たことなくて」 それで入れたんだから凄いっちゃ凄いんであるが、そこでも夢はガラガラと崩れたらしい。しかしここで琵琶と出会う。 川嶋「なぜか昴の先生が趣味で琵琶をやっているっていうのを小耳に挟んだんです。それで『私、琵琶に興味があるんですけど、習うのって大変ですか?』って聞いたら、琵琶は高いから生半可な気持ちで始めたら馬鹿を見る、みたいな事言われたんですよ」 ちなみに琵琶のお値段をインターネットで調べたら70万、80万は当たり前、100万越えも珍しくなかった。これは学生が手を出せる額ではない。 川嶋「ああ、そうだよなと。別に女優になるんだから・・・」 川嶋「そうそう(笑)。やめとこって。でもその時に引っかかったんですよね」 琵琶との出会い。でもそれはほんの小さな出会いだった。しかしこの後、川嶋さんは奇妙な縁に引かれるように琵琶と再開する事になるのです。
川嶋信子 公演情報
谷中琵琶Style Vol.5 「巡〜めぐる〜」 チケット完売しました。ありがとう御座います。
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